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エレカシ・ファンになったきっかけ―箇条書き

  1. 2007/12/18(火) 20:29:45|
  2. ファンになったきっかけ|
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 「今宵」の後の記録。文章で書くのが大変なので、箇条書きでまとめてみる。

 1.2006年6月はじめ、「今宵の月のように」
    a. 声と歌い方
    b. 歌詞
 2. ネットを調べた。Wikipedia、EKDB など。
 3. アルバム「明日に向かって走れ」内のほかの曲
    a. 戦う男、昔の侍等、変だこの人たち、と思った
    b. 風に吹かれての冒頭の歌詞がベタだと笑った
 4. 「浮世の夢」爆笑した
 5. 「町を見下ろす丘」
 6. YouTube の動画。その頃はPVくらいしかアップされていなかった。そのうち特に印象に残ったのは:
    a. so many people
    b. Dead or Alive
 7. 6/26 のチケットとった
 8. ファンクラブに入った
 9. CD そろえた。6/26 のライブのときには「奴隷天国」とシングル何枚か以外、すべての曲が揃っていた。(追記: これは記憶違いだったみたいです。正確には、揃ったのは7月に入ってからだったかも。)
 10. 初めて行った 6/26 のライブで、「この世にこんなにかっこいい人がいたのか」と本気で思った。
 11. 本を買った。「風に吹かれて」、「東京の空」、「明日に向かって歩け!」。宮本さんの文章のうまさに感動した。かなり誤解されているような気がするが、あれはマジでうまいと思う。インタビューも最高だ。
 12. インタビューの載っている雑誌のバックナンバーを買った。
 13. インタビューの載っている雑誌や切り抜きをヤフオクでたくさん買ったが、切り抜きはだいたい競り負けたのでぜんぜん揃ってない。全国にはエレカシ・オタクがたくさんいらっしゃる。
 14. 限定ライブ・アルバム2枚手に入れてない。何度も競り負けた。
 15. 鴎外の「渋江抽斎」は私も好きだったので、宮本さんが好きだったのが嬉しかった。

 だんだん箇条書きじゃなくなってきた。やっぱり文章の方がいいかも。

エレカシ・ファンになったきっかけ―今宵の月のように

  1. 2007/12/18(火) 16:37:13|
  2. ファンになったきっかけ|
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 エレカシ・ファンになったきっかけについて書くのは中断して別のことを書くとは言ったものの、書きたいことがいろいろありすぎて、考えているうちに収集がつかなくなって気持ちが悪くなってきた。
 結局、順序として、これから始めるのがやっぱり一番簡単なので、「今宵」について書きたいと思う。書くのって、面倒ですね。考えているときは、ほんとにいろいろ一気に思いつくのだけれども、書くという作業は、こんなブログのちょっとした文章でも根気がいる。別に、宮本さんの「赤本」のように、何時間も練りに練っているというわけではぜんぜんないのだが。そんな風に書いているとまた長くなるので、ずばっといきましょう。「今宵」です。
 2006年の6月はじめ、居間の隣の部屋にいたら、居間で「今宵」が鳴った。居間に出て行って、これは誰が歌っているのかとツレに聞いた。その後何回か聞いて、2日間くらい、折りにふれて歌っていた。数日後にカラオケに行く必要が出てくるかもしれなくて、そのときに歌えるかと思ったのだった。結局カラオケはなかった。どっちにしろ難しくて歌えなかっただろうと思うが。

 きっかけといえば、それだけである。居間で鳴って、うわーっとなった。まずは、声と歌い方だった。曲はポップスなのだけれど、歌い方は私の思っていたポップスではなかった。
 どこで誰が言っていたのか忘れたが、赤ん坊はロックを大音量でかけているところでも寝ていられることがあるという。しかし、それは、その赤ちゃんがロック好きだというわけではなくて、大きすぎる音を、生存のために自動的に脳がシャットアウトしているんだそうである。私にとっての歌謡曲というのが、それだった。歌謡曲、ポップスというのは、ポップスっぽいメロディに適当な歌詞を付けて、きれいな声、またはかっこよさげな声で歌うものだと思っていて、私にとってはどちらかと言えば苦痛のもとであった。テレビのバラエティ番組の笑い声や(私はいまもテレビを見ていない)、スーパーで流れているその店のテーマ曲などのような騒音だった。だから、「歌謡曲」といったん判断された曲は、自動的に脳がそれ以上聞かないようにシャットアウトしていたのだと思う。「悲しみの果て」や「孤独な旅人」はそのフィルターにひっかかって、「歌謡曲」に分類されてしまったのだろう。
 でも、「今宵の月のように」は、私の脳のそのシャットアウト機能を乗り越えてきた。曲はポップスだが、声と歌い方は、そのカテゴリーに属するものではなかった。

 ここまで書いたら疲れたので続きはまた後で。

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(追記: テレビを見ていない私でも、今宵は聞き覚えがあった。でも、そのとき初めてきちんと聞いたのだ。)

エレカシ・ファンになったきっかけ−なかなか書き終わらない

  1. 2007/12/16(日) 22:25:44|
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 ファンになったきっかけについて、なかなか書き終わらない。私ってこんなに話が長かったっけ。ファンになってから、宮本さんの話し方に影響されたんだろか。

 ……完全に、影響されてる感じがするな。きっかけの話をしようとして、ファンになる前の話にさかのぼっちゃうあたり。「こんなの全然おもしろくないんですよ! もう、いいんです、なんでも!」って言いたくなってきちゃった。

 ちょっと中断して、明日からは別の話にしようかと思います。

エレカシ・ファンになったきっかけ―その 1

  1. 2007/12/16(日) 22:18:59|
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 私がエレカシ・ファンになったきっかけは『今宵の月のように』であり、その時期は『町を見下ろす丘』の出た後の 6 月始めだった。何日かは忘れてしまったが、最初の週だったと思う。ニアミスの話が終わったので、今回からやっときっかけの話がはじまる。これも長くなります。

 それはツレが大塚愛のファンになったところから始まった。電車の広告か何かで大塚愛を見てほれ込んだツレは、ツタヤで大塚愛の CD を借りようとしたが、それだけをカウンターに持っていくのが恥ずかしくて、近くにあったエレカシの『明日に向かって走れ』と『愛と夢』も一緒に借りることにしたのだという。
 ツレは一応日本と英米のロックとポップスにはだいたいチェックを入れる人なので、エレカシも『Sweet Memory』だけはたぶん出た当初に聞いていた。なぜそれ以上聞かなかったかといえば、ちょっとポップスよりすぎると思ったのと、テレビでよく見ていて軽薄そうな感じを受けていたから、とのことである。
 ツレの大塚愛好きと極端に世間の目を気にする性向、さらに、エレカシと大塚愛の名前の最初の文字が「え」と「お」で近かったという偶然に感謝せねばならない。とにかく、おかげで、2006年6月はじめ、その 2 枚の CD が、わが家にやってきたのだった。

エレカシ・ファンになったきっかけ―ニアミスその3、4、5

  1. 2007/12/16(日) 00:51:59|
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 「町を見下ろす丘」の後にエレカシ・ファンになるにいたるまでの、ファンになるチャンスを逃した歴史を振り返るこのシリーズ、だんだん書くのもめんどくさくなってきましたし、皆さんもご退屈^^ではないかと思いますので、後はざーっとまとめて終わりにしようと思います。

ニアミスその 3: 1997 年。親しい友人に数年ぶりに会い、一晩中話しながら歩き回った明け方近く、「最近、散歩しながら口ずさむ歌がある」と友人が言った。歌ってもらったが知らない歌だった。歌詞は覚えておらず、『月』がタイトルにあり、最近町によく流れている歌であるとのことだったが、その後探して聞くことはなかった。

ニアミスその 4: 1999 年、会社の忘年会の 2 次会。カラオケだった。私はその頃カラオケが大の苦手で、非常に惨めな気持ちでその場所にいたのだがその話は全然関係がない。会社の先輩が歌おうとした曲が、なんだか歌じゃなくて、歌詞が画面一面にばーっと流れてて、先輩は結局ひとしきり何かがなろうとした後に諦めて曲の途中でカラオケを消した、ということがあった。後から考えたらそれはもちろんあの曲。

ニアミスその 5: おそらく 2002 年。ツレが、最近好きな曲があってそればかり聞いていると言う。聞かせてもらうとなんか歌謡曲っぽい歌で、特に、「どこまでもついて来る世間の影」というところが好きだということだった。
 「歌謡曲っぽい」という分類の仕方で片付けていた私の聞く耳のなさが悪いということは重々承知の上だが、「Sweet Memory」のほかの曲はどうしたのか、そして、歌詞のその部分がいいというのは『孤独な旅人』のプッシュの仕方としてどうなのか、ツレよ。

 ニアミス史、終わり。

エレカシ・ファンになったきっかけ―ニアミスその2

  1. 2007/12/14(金) 17:49:52|
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 「町を見下ろす丘」の後にエレカシ・ファンになった後、ロッキング・オン社の本「風に吹かれて」を読んでいたとき、ファンになるきっかけを逃した場面その 2 に気づいた。それは、その 1 の 3 年後、1996 年に訪れていた。

 1996 年、私は一人暮らしを続けており、部屋にはテレビがなかった。ちなみに、その部屋は風呂なし四畳半であった。おまえは石君か! という感じだが、風呂屋にはちゃんと行ってました。ピーマンいためのような、お世辞にもおいしいとは言えないもの……のようなものは作ってたかもしれない。私は料理が苦手だった。

 それはともかく、部屋にはテレビがなかったのだが、たまに実家に帰ると母がテレビをよく見る人なので、だいたい食事時にはテレビがついていた。そのたまたま見たテレビに、宮本さんが出ていたのだった。

 間違っているかもしれないが、私の記憶:

 エレカシの歴史のようなものが語られて、以前の曲の例として「男は行く」と「奴隷天国」がかかった。誰かわからないが司会をしていた男性が、「渋谷陽一に『よろしくお願いします』って頼まれたんだよ! 渋谷陽一だよ! 俺、今までそんなこと頼まれたことないよ!」というようなことを言っていて、宮本さんが、「渋谷さんにはお世話になっています」と言った。私は渋谷陽一もロックも知らなかったので、何を言っているのかよくわからなかったが、どうやらハードなロックのバンドだったらしいということはわかった。

 それから、そこにいた篠原涼子にまた司会の男性が、この人どう? というようなことを聞き、篠原涼子 「笑顔がステキ」云々と答えた。宮本さんのにっこり笑顔。司会の男性が「えーっ。なんで、この人もう 30 よ?」というのに答えて、篠原涼子 「ぜんぜん大丈夫!」(ほんとに大丈夫でしたね。)宮本さんの、口元を隠して照れるいつもの笑顔が画面に映った。

 私は、「そうかなあ? そんなにかっこよくないじゃん?」と思った。人を見る目が全くなかったのである。篠原涼子に負けていたのである。まあしかし、目の前で見ていたらまたインパクトも違っていたであろう。って、篠原涼子と人を見る目を争ってもしかたがないか。

 その後、歌がはじまったのだが、曲を覚えていない。おそらく「悲しみの果て」だったのではないかと思う。

 歌がはじまって十数秒で、歌に興味のない母から「チャンネルをかえて」と命令された。私は、「ロックって言ってたけど、歌謡曲じゃん」という感想を抱いたまま、その命令に従ったのであった。

 記憶があってるかは定かではないが、すごく鮮やかなので、だいたいあっているのだと思う。そのとき、私の意識はまったく宮本さんも宮本さんの歌も否定してしまったのだが、無意識では衝撃を受けていたのだろう。じゃなきゃ、こんなにクリアに覚えていないだろう。

 「風に吹かれて」の 478 ページを読んで、これが痛恨のニアミスその 2 だったことに気づいたのは、それから 10 年以上も後のことだった。

エレカシ・ファンになったきっかけ―ニアミスその1

  1. 2007/12/13(木) 23:13:11|
  2. ファンになったきっかけ|
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 私は「町を見下ろす丘」の後からのファンである。そして、ファンになったきっかけは、「今宵の月のように」であった。
 時期と曲があってない。加えて、私の歳は30代半ば。「今宵」が町に流れていた10年前にファンになっていてもおかしくはない。なぜこんなに時間がかかったのか。
 ファンになるまでには、長い長いニアミスの歴史があった。これから、この痛恨の歴史をふりかえろうと思う。(って大げさか。)

 最初のニアミスは、10年前どころではない、今から14年前、1993年のことであった。私は大学生。同じサークルの知り合いに、サークルの用事を変わって欲しいと頼まれ、自分は暇だからと引き受けた後に、相手に理由を尋ねた。あるロック・バンドのライブを聞きに行くという。
 そのバンドの名前は覚えてないが、バンド名を聞いた自分が、「それはコミック・バンドなのか?」と尋ねたことは覚えている。違うというので、どういうバンドなのか質問すると、「観客が座って聞く。拍手をすると怒るから拍手もしない」と説明された。しかし、そのとき、私はコンサートといえばクラシックにしか行ったことがなくて、ロック・コンサートでは観客が立っているという基本的な事実を知らなかったため、そう言われても、そのバンドの特異性がぴんとこなかった。
 それは大学の学園祭なので無料だから、聞きに行くのなら用事は別の人に頼むが聞きに行くかと問われて、一瞬考えた後、もう用事を引き受けたのだからと断ったあのときの光景を、ファンになってから思い出した。どう考えても、これはエレカシ。最初の痛恨のニアミスである。